「何を」と「どのように」

「自分の想いを外側に映す」について書く前に、もう一つ想ったことがあるのでそちらを先に。

「何をするのかではなく、どのようにするのかが大事だ。」といった意味合いの言葉を本で読んだり、耳にされた方も多いと思います。

この「何をするのか」を「どんな手段(ツール)」に、「どのように」を「どのような想いをもって」に置き換えてみたいと思います。

すると「どんな手段(ツール)かではなく、どのような想いをもってするのかが大事だ。」となります。

どのような想いをもってするのか。
リーディングに限らず、何をする時にもこれを一番大切にしたいと今の私は想っています。

恥ずかしながら私自身、つい最近まで想いよりもツール選びに気持ちが向いていました。
「どのツールを使ったらより良いアドバイスができるのか。」をずっと考えていました。
これは違う角度から見ると「使うツールによって、その人に伝えられる(受け取ることができる)アドバイスの内容に差が出る。」と思っていることになります。
あぁ恥ずかしいカミングアウト・・・(-_-;)

恥ずかしいついでにカミングアウトをもう一つ。(自棄になってる・・・?)
日常生活でも誰かの相談に乗ったりアドバイスを求められたりすることがあると思います。
その時「相談して(アドバイスを求めて)くれているのだから、何かこの人にとって有益なアドバイスをしなくっちゃ。」と思い込んでしまうことが度々ありました。

そう思って話を聞いている時、私の頭の中はどうなっているのでしょう・・・?
「有益なアドバイスをするためにはまず事実確認が必要よね。そして本人の意向を聞いて、それが実現する為の具体策を提案して・・・。」
と、それはそれはめまぐるしく(実際は超スロー!?)思考を働かせて、様々な判断をしていることでしょう。

誰が判断しているのですって?
そう「わ・た・し」が。

・・・。何かおかしなことになっていますね。

みんな(本来の)自分がどうしたら心地よいのかを知っているというのに。
もしかしたら今はちょっと忘れているのかもしれないけれど、自分で思い出すことができるというのに。

これを忘れてしまうと、極端な場合「目の前の人は自分で解決策が見つけられないから、相談に乗っている(アドバイスを求められている)私が代わりに見つけなくっちゃ。」
と思い込み、見当違いの方向に話を進めてしまいかねないような気もします。

リーディングという場面では「リーダー(読む人)とクライアント(読んでもらう人)」のように思えてしまいがちなので、尚更「リーダーである私がちゃんとしなくっちゃ。」と、ますます肩に力が入ってしまいそうです。


その人にとっての心地よさ(最善)はその人が一番よく知っている。


このことに全幅の信頼を寄せた上で、一緒に時間を過ごすことができたらいいなと想っています。

とは言え、まだまだそう想えない時もたくさんあります。
というよりも、日常生活ではまだそう想えない時のほうが多いかもしれません。(本日3度目のカミングアウト。)
その時は、すっかり忘れてしまっているのですね(~_~;)
けれどもまた思い出すこともできます。きっと。
そうやって繰り返し繰り返し思い出していくことで、覚えていられる時間が長くなったらいいなと感じます。


友人とのリーディング、そして先日の内容に対していただいたコメントから、色々なことを想い、なんとかここまで文章にすることができました。
ふぅ~。


いつもながらとりとめのない話に最後までお付き合いくださりありがとうございます<(_ _)>


ps:これはあくまでも今の私にとって心地よいと感じることです。
   好みと言ってもいいかもしれません。
   「ずばり言いたい、言われたい」という人もいらっしゃるでしょう。
   それも、あると思います。(by天津・木村)

   自分にとっての心地よさ(最善)は自分が一番よく知っているのですから。

   ね♪
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by setsuna-tsumugi | 2009-01-30 13:14 | エネルギー
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