外れることができるものは道ではない

今日はアドバンス2年生クラスにお邪魔してきました。

再受講で毎回感じることながら、1年前に読んだ時には気にも留めなかった文章が心に響いたり、「あの時はこう理解していたけれど、本当はこういう意味だったのかもしれない。」と感じたり、はたまた「そうそう。そうなのです。ハイ。」と、妙に納得したり・・・。

自学自習用のテキストではあるけれども、皆さんと一緒にテキストを読んだり質疑応答や体験をシェアすることでテキストについてはもちろんのこと、それ以外のことについても気づきがたくさんあるので毎回楽しく参加させていただいています。
いつもありがとうございます<(_ _)>

今回特に響いたのは、教えていただいた

外れることができるものは道ではない

の言葉です。

これは禅の言葉だそうですけれども、「奇跡の道(コース)」にも通じるものがあるように感じます。

道と聞いてまず頭に思い浮かぶのは、「幅があって長さがあって・・・。」の、普段目にしている車道や歩道などの一般的な道路ではないかと思います。
(中には「武士道」や「茶道」などを思い浮かべる人もいらっしゃるかもしれません。)

道路だとすると「(その)道から外れる。」こともあるでしょう。
また「道を間違える。」ことも「道を逸れる。」こともありそうです。
また、「人の道」のような範囲まで解釈を広げたとしても「道から外れる。」「道に反する。」ようなことが起きうるかもしれません。

だとすると、ここで言われている道とは、どうやら道路のことでも「何々道」のように時代や地域、文化、個人の解釈によって多少なりとも変化や差異が生じてしまいかねないものではないようです。


永遠であり、不変であるもの。


それを「道」と呼ぶのなら、「奇跡の道(コース)」も、それに値するのではないかと感じました。
道であって道にあらず・・・みたいな。
(かえって分かりにくくなってしまったかも・・・。)

禅の東洋的発想と奇跡の道(コース)の西洋的発想の意外な(でも実は同じところを別の角度から見ているのかもしれない)共通点を見つけたような気がしました。


ps:クラスの途中「なんで私こんな話をしているのかしら・・・?」と感じつつも、口が勝手に動い
  て話しているような不思議な感覚がありました。
  その話はまた今度(⌒-⌒)
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by setsuna-tsumugi | 2009-04-08 20:39 | エネルギー
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