2008年 12月 20日 ( 1 )

メッセージと言葉

時折受け取ったメッセージをこのブログに載せたり、お世話になっている
やすらぎの部屋・コオさんが発行されているメルマガ「インナーメッセンジャー」
投稿させていただいています。

このメッセージは一体どこからやってくるのでしょう?
何故その言葉、表現を選んだのでしょう?
今日はそのことについて、現時点での想いを少し。

初めてメッセージらしきものを受け取った2年半ほど前は
「今の何?何だったのかしら(?_?)」と思いました。
自分では普段使わない言葉や言い回しだったので、とても不思議な気分になりました。

そんなことが度々起こるうちに
「私は頭がどうかしてしまったのではないかしら・・・(涙)。」と恐れの気持ちが
湧いてきました。
多重人格、または憑依・・・?
「メッセージが受け取れて嬉しい。」と思う気持ちよりも
「困ったことが起きた。」と思う気持ちのほうが強かったのです。

この思いはかなり長く続きました。
今でも時々「私、大丈夫かしら・・・。」と思う時があります・・・(-_-;)

けれども今は「どこからやってきたのか」には、あまりこだわらなくなりました。
(このことについては、また今度書こうと思います。書こうと試みたのですけれど
うまく表現できませんでした。ゴメンナサイ。)

それよりも、「何を伝えようとしているのか」のほうが気になるところです。
愛に満るメッセージであれば、例えそれがイエスからの言葉であろうと
隣のオバァチャンからの言葉であろうと変わりはないのですから(^_-)-☆


さて、では次に何故その言葉、表現なのか。

例えば、ある「想い」の電波をキャッチして、それを受け取った人が一番しっくりくる言葉に
置き換える・・・というイメージが一番近いでしょうか。
あっ、外国語を通訳する時と同じ・・・といったほうが分かりやすいかもしれませんね。
この場合だと、例えばある人が英語で話した内容を聞いた通訳の人が「この人の想いは
○○だから、これを伝えるのに、一番適切な言葉、表現はどれだろう。」と考え
日本語の中から「これだ。」と思った言葉、表現を選択し、その人が日本語で
話したかのように第三者に伝える、ということになります。
(うまく説明できているでしょうか?分かりにくかったらゴメンナサイ。)

私達も日常、会話やメールなど意思疎通を図る時、無意識にこの作業を
行っているのかもしれませんね。

発信:想い→(言葉選択)→言葉。

受信:相手の想い←(言葉の意味解釈)←相手の言葉        みたいな。

このように、ある想いを受け取る人の持っている(持っている事を普段は忘れてしまっている
場合も含む)言葉、表現という制約の中でメッセージとして加工するので
きっと同じ想いを受け取ったとしても、使う言葉に多少の違いが出るのかもしれません。

私の場合は今「奇蹟のコース」を学んでいて、そこに書かれている言葉が
今一番心に響くのでコースに出てくる言葉や表現を選んでいることが多いように
感じています。
自分では意識してそのように行っているわけではないのですけれど、結果的に
「これは、コースに似たような文章があったような・・・?」と感じることが度々あります。
別の言い方をすれば、まだ自分の言葉で想いを伝えられていないということでも
あると思います。

精進あるのみ・・ですね(^_^;)


目指すは、わかりやすい言葉とわかりやすい表現♪
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by setsuna-tsumugi | 2008-12-20 16:39 | メッセージ