カテゴリ:メッセージ( 35 )

改める

昨日は今年最初のアドバンスクラスでした。
一年の始めに・・・ということで「日本の神様カード」を引きました。
カードを切っている時飛び出てきたのが「建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)」。

直感でひらめきを得、それを大地に下ろしなさい。ひらめきは天啓、天から落ちる雷です。
私には恐れるものなどありません。はっきりとしたビジョンを描き、それを行動に移しなさい。
ためらっている暇などないのです。

(赤字部分解説書より引用)

一昨日タロットにある質問をした時、展開の最後の位置に出たカードが「神の家」「審判」でした。
(「神の家」には「天啓」、「審判」には「天の声を伝える」の意味があります。もちろん他の意味もあります。)
そして今の問題点は「言わないこと」。

質問に対する答えとして伝えられたのは

自信のなさ、疑いの気持ちから伝えるべきことを伝えていない。今までのやり方を超えて、躊躇することなく天の声を伝えていくことがあなたの役割です。   

でした。

天の声なんて言われると、なんだかとっても怪しいような、アブナイような気もしますけれど
(って、そう感じるのは私だけでしょうか・・・(~_~;))これは奇蹟のコースで言うところの
聖霊の声のことを指しているのだと感じました。

ちなみに・・・

聖霊はいつも私達に語りかけています。
そして私達が聖霊の声を聴くことを選択した時、例えそれが他の大きな声にかき消されてしまいそうな小さな声であったとしても、はっきりと聴こえてくるのだと感じます。

二日続けてこのようなメッセージがあったこと、そして昨年羽根さんの「ちょボラdeメリークリスマス!」企画でいただいたメッセージの中にも共通するキーワードがあったことから、さすがの私も(とっても臆病で小心者なのです。ハイ。)考えを改める時なのだと感じました。


これまで恐れから書くのを躊躇していたことも、これからは少しずつ書いていこうと思います。
[PR]
by setsuna-tsumugi | 2009-01-14 01:33 | メッセージ

メッセージと言葉

時折受け取ったメッセージをこのブログに載せたり、お世話になっている
やすらぎの部屋・コオさんが発行されているメルマガ「インナーメッセンジャー」
投稿させていただいています。

このメッセージは一体どこからやってくるのでしょう?
何故その言葉、表現を選んだのでしょう?
今日はそのことについて、現時点での想いを少し。

初めてメッセージらしきものを受け取った2年半ほど前は
「今の何?何だったのかしら(?_?)」と思いました。
自分では普段使わない言葉や言い回しだったので、とても不思議な気分になりました。

そんなことが度々起こるうちに
「私は頭がどうかしてしまったのではないかしら・・・(涙)。」と恐れの気持ちが
湧いてきました。
多重人格、または憑依・・・?
「メッセージが受け取れて嬉しい。」と思う気持ちよりも
「困ったことが起きた。」と思う気持ちのほうが強かったのです。

この思いはかなり長く続きました。
今でも時々「私、大丈夫かしら・・・。」と思う時があります・・・(-_-;)

けれども今は「どこからやってきたのか」には、あまりこだわらなくなりました。
(このことについては、また今度書こうと思います。書こうと試みたのですけれど
うまく表現できませんでした。ゴメンナサイ。)

それよりも、「何を伝えようとしているのか」のほうが気になるところです。
愛に満るメッセージであれば、例えそれがイエスからの言葉であろうと
隣のオバァチャンからの言葉であろうと変わりはないのですから(^_-)-☆


さて、では次に何故その言葉、表現なのか。

例えば、ある「想い」の電波をキャッチして、それを受け取った人が一番しっくりくる言葉に
置き換える・・・というイメージが一番近いでしょうか。
あっ、外国語を通訳する時と同じ・・・といったほうが分かりやすいかもしれませんね。
この場合だと、例えばある人が英語で話した内容を聞いた通訳の人が「この人の想いは
○○だから、これを伝えるのに、一番適切な言葉、表現はどれだろう。」と考え
日本語の中から「これだ。」と思った言葉、表現を選択し、その人が日本語で
話したかのように第三者に伝える、ということになります。
(うまく説明できているでしょうか?分かりにくかったらゴメンナサイ。)

私達も日常、会話やメールなど意思疎通を図る時、無意識にこの作業を
行っているのかもしれませんね。

発信:想い→(言葉選択)→言葉。

受信:相手の想い←(言葉の意味解釈)←相手の言葉        みたいな。

このように、ある想いを受け取る人の持っている(持っている事を普段は忘れてしまっている
場合も含む)言葉、表現という制約の中でメッセージとして加工するので
きっと同じ想いを受け取ったとしても、使う言葉に多少の違いが出るのかもしれません。

私の場合は今「奇蹟のコース」を学んでいて、そこに書かれている言葉が
今一番心に響くのでコースに出てくる言葉や表現を選んでいることが多いように
感じています。
自分では意識してそのように行っているわけではないのですけれど、結果的に
「これは、コースに似たような文章があったような・・・?」と感じることが度々あります。
別の言い方をすれば、まだ自分の言葉で想いを伝えられていないということでも
あると思います。

精進あるのみ・・ですね(^_^;)


目指すは、わかりやすい言葉とわかりやすい表現♪
[PR]
by setsuna-tsumugi | 2008-12-20 16:39 | メッセージ

信頼


辛いと感じる状況にあると、「こんな時だからこそ自分を勇気づけてくれるような
メッセージが欲しい!」と思ってしまいます。
でも、そういう時に限って受け取れないことのほうが多いのも、また事実。
(ちなみに私の場合です。
また「メッセージを受け取る」という表現は、あくまでも私の感覚的なものなので
これも「私の場合」と、注釈つきのほうが良いのかもしれません。)

一昨日、昨日と久しぶりにキツイと感じる体験をしました。
ジタバタした後、なんとか少し前に進めたかな?と感じた時に受け取ったのが


わたしの声が聴こえない時ほどわたしを信頼して欲しい。

わたしはいつもあなたと共にいる。



目で見たり耳で聞いたりしたもののほうが、本物で確からしい気もするけれど
よくよく考えてみれば、それも疑ってかかればキリがなし。
(「目の錯覚」、「空耳」という言葉がありますものね。)

何よりも、いつでもどんな時でも信頼し、安心して物事に取り組むことができたら
もう怖いモンなし!ですね。

・・・。
私にとっては大きなチャレンジです(-_-;)

PS:羽根さんのブログにあった映像(アステカの人)からは
   「強くなりなさい。」と言われているように感じました。
   羽根さん、ありがとうございます<(_ _)>
   
[PR]
by setsuna-tsumugi | 2008-12-12 15:37 | メッセージ

創造

あなたは愛を創造するように創られた。

だからあなたの創るものは愛以外にありえない。

そしてあなたの目の前にいる兄弟もまた愛を創造するように創られた。

だからあなたの目の前にいる兄弟の創るものは愛以外にありえない。




例えばそれが怒り、悲しみ、苦しみ、憎しみのようにしか見えなかったり
感じられなかったりしたとしても、その中には必ず「愛」が隠れているように感じます。

見つけにくいと思うことがあるかもしれないけれど、時には
「そんなものあるわけない!あったとしても見つけたくなんかない!!」
と思うことがあったとしても
いつかはその中にも見つけられるような、そんな気がしています。

なんだか宝探しをしているようですね♪
[PR]
by setsuna-tsumugi | 2008-12-10 09:19 | メッセージ

意図した途端に・・・お試し?

少し前に読んだ「引き寄せの法則」の関連本によると、「何かを得たいなら、まず明確に意図すること。」だったような。(ウロ覚えなので、もし違っていたらごめんなさい。)
だから・・・というワケでもないのでしょうけれど、「言葉(文章)で表現してみよう」と意図してから、大小さまざまな機会が訪れました。

極めつけは来月早々までに6000字(原稿用紙15枚分)のエッセイもどきを書くこと。
これは現在受講しているあるクラスの課題です。
来月の最終回に提出することになっているのですけれど、それを知らされたのがつい先日。
「先生!もっと早くから言って下されば、それなりの心積もりとか、下準備とかしてたのにぃ・・・。」
と心の中でつぶやいてみても後の祭り。
えぇ、せっかくの機会なので、喜んで(汗)

ふと「これはお試しかしら・・・?」なんて考えがよぎりました。
すると即座にやってきたメッセージが


試されていると思うのは、自分で自分を試しているだけ。

神は御子を試したりなどしない。



そうでした。
そうですよね。
そうですとも。
いいとも!(違)
[PR]
by setsuna-tsumugi | 2008-12-05 13:36 | メッセージ