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暮れの元気なご挨拶♪

クリスマスが終わって、今年も残すところあと数日。
やっと家の大掃除やお正月の準備に取り掛からなくては・・・という気分になってきました(~_~;)

みなさんにとって、今年はどんな一年だったでしょうか?
私は「身体」について考えることの多かった一年でした。

春先に股関節を痛めて、約半年間の整骨院通い。
股関節はもとより、歩き方からして「全くなってない!」と指導され、一時は
モンローウォーク(譬えが古かったでしょうか・・・)のように腰を振りながら歩いたりも・・・。
なかなか厳しい先生で、とっても痛いストレッチ(でもその後はスッと痛み解消)&
歩き方指導の時は
「だからぁ~( 一一)違うって!」「言ってること聞いてたよね?なんでできないかなぁ~(ーー;)」
などなど叱咤激励の嵐(T_T)
でもそのお陰で、今ではだいぶ両方の足を使って歩けるようになりました。

また、体質改善を目的に漢方治療を始めたのも今年。
開始当初は処方された漢方薬を飲みながら、油脂類&糖類の完全除去の食事制限。
それまで3度の食事よりもチョコレートなどのお菓子で生きながらえていたような(?)
私にとって、これはとても辛いものでした(涙)
(そんな不摂生をしていたから、体質改善が必要になったワケです・・・。はい。)
お菓子はもちろん加工品、調味料の類はほとんどなにかしらの糖類が入っているので、NG。
唯一許可された甘味がハチミツだったので、甘いものが恋しくなるとスプーン一杯のハチミツを少しづつ大事に舐めていたことも。
身体が慣れてくると、あんなに好きだったチョコレートを食べたいと思わなくなってくるので
不思議です。
現在は引き続き漢方薬を飲みながら、なるべく糖類を避けた食事を摂っています。
(数ヶ月前に油脂類が解禁されたのですけれど、その時にはてんぷらやフライなど
オイリーなものは、あまり食べられない身体になっていました。)
始める前に比べて身体が軽くなったのと、五感が敏感になったように感じています。
当たり前のことながら、「自分の食べた物が自分の身体を作っている。」ことを
改めて実感しました。

身体はこの地上で想いを表現していく為のツールではあるけれども、だからこそ自分の出来る範囲でのケアは行って、使いやすい状態にしておくことは大切なのだと感じました。

来年は(更に?)心身共に健やかで、やすらかな日々を過ごしたいものです(*^^)v


最後になりましたけれど・・・。

11月の終わり頃からコソッと始めたこのブログ、拙い文章を読んで下さるみなさんには
とても感謝しています。
ありがとうございます。

今年様々な所でご一緒させていただいたみなさん
お会いしたことはないけれども、この地上で様々な形の愛に満る想いを表現している
全てのみなさん、ありがとうございました。


来年もみなさんが健やかで、そしてやすらかでありますように♪
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by setsuna-tsumugi | 2008-12-27 21:24 | ご挨拶

アティシャの瞑想

おはようございます(^_^)

いくつか持っているカードの中から、今朝はOshoの変容のタロットを引いてみました。

選んだのは
38・Transformation(変容)

(以下、解説書より一部抜粋。)

アティシャの練習をただ試してみましょう。
世界のすべての苦しみを自分のハートのなかに取り込んで
祝福を注ぎ出します。
それはすばやい効果をもたらします。
今日はそれをやってみましょう。



息を吸い込むとき、世界の-過去、現在、そして未来の
すべての存在のあらゆる惨めさと苦しみを吸い込む。
そして息を吐き出すときは、あなたがもっている至福のすべて
あなたがもっている至福のすべてを吐き出す。
息を吐き出す-あなた自身を存在に注ぎ入れる。
これが慈悲の手法だ。
すべての苦しみを飲み込んで、すべての祝福を注ぎ込む。

それをやってみると、あなたは驚くだろう。
世界のあらゆる苦しみを自分の内側に取り込んだ瞬間
それらはもう苦しみではない。
ハートがすぐにそのエネルギーを変容させる。
ハートは変容する力だ。
惨めさを飲み込むと、それは至福に変容されている・・・。
それからそれを注ぎ出す。

(抜粋ここまで。)


これは瞑想法のひとつです。
ハートには、とても大きな力があることを改めて感じます。

今日一日この瞑想と共に過ごしたいと思います。

すべての存在がやすらかで平安でありますように。

メリークリスマス♪
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by setsuna-tsumugi | 2008-12-24 09:03 | タロット

なだぎ武サン似の・・・

昨日のブログは、(アレでも)頭をめいっぱい使って書いたのですけれど、読み返してみると
自分でも(?_?)な箇所がいくつか・・・。
上手に説明できるようになったら、改めて書いてみようと思います。


では今朝見た夢のお話を。
目が覚める直前にみた夢です。


青いチェックのシャツとジーンズを身に着けた男性が、だんだん近づいてきます。
年の頃は30後半~40前後。(自分と同年代といったところです。)
「久しぶりやな。(^^)」
彼は私に笑いかけます。
私は彼の顔を見るなり嬉しさで胸がいっぱいになり、思いっきり彼に抱きつきました。
ちょうど私の頭が彼の胸あたりにきて、すっぽりと包まれるような感じです。
彼にぎゅっとされると、とっても安心でいい気持ち。
ずっとこのままでいたいと思うくらいです。
彼は親兄弟とも、夫・恋人とも違う、最も近くて何も言わなくても全て分かってくれている
そんな存在です。

「笑いが足りてへんな。後で笑かしに行ったる。」と言う彼に
私は抱きついたまま顔をあげて「いつ?」と尋ねます。
「西中の2年2組やったな。5時間目やな。」
(何故か中学生扱い。ちなみに通っていた中学は西中でも2年2組でもありませんでした。)

と、ここで目が覚めました。
そう、その彼がなだぎ武サン似なのでした。
あっ、ディランや「ややこしや~。」の人に扮する前のなだぎサンですよ(^_^;)


笑う門には福来る。


最近あまり笑っていなかったのかしら・・・?
頭がかたくなっていたのかも・・・とわが身を省みた朝でした。


  
  
  
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by setsuna-tsumugi | 2008-12-22 00:19 |

メッセージと言葉

時折受け取ったメッセージをこのブログに載せたり、お世話になっている
やすらぎの部屋・コオさんが発行されているメルマガ「インナーメッセンジャー」
投稿させていただいています。

このメッセージは一体どこからやってくるのでしょう?
何故その言葉、表現を選んだのでしょう?
今日はそのことについて、現時点での想いを少し。

初めてメッセージらしきものを受け取った2年半ほど前は
「今の何?何だったのかしら(?_?)」と思いました。
自分では普段使わない言葉や言い回しだったので、とても不思議な気分になりました。

そんなことが度々起こるうちに
「私は頭がどうかしてしまったのではないかしら・・・(涙)。」と恐れの気持ちが
湧いてきました。
多重人格、または憑依・・・?
「メッセージが受け取れて嬉しい。」と思う気持ちよりも
「困ったことが起きた。」と思う気持ちのほうが強かったのです。

この思いはかなり長く続きました。
今でも時々「私、大丈夫かしら・・・。」と思う時があります・・・(-_-;)

けれども今は「どこからやってきたのか」には、あまりこだわらなくなりました。
(このことについては、また今度書こうと思います。書こうと試みたのですけれど
うまく表現できませんでした。ゴメンナサイ。)

それよりも、「何を伝えようとしているのか」のほうが気になるところです。
愛に満るメッセージであれば、例えそれがイエスからの言葉であろうと
隣のオバァチャンからの言葉であろうと変わりはないのですから(^_-)-☆


さて、では次に何故その言葉、表現なのか。

例えば、ある「想い」の電波をキャッチして、それを受け取った人が一番しっくりくる言葉に
置き換える・・・というイメージが一番近いでしょうか。
あっ、外国語を通訳する時と同じ・・・といったほうが分かりやすいかもしれませんね。
この場合だと、例えばある人が英語で話した内容を聞いた通訳の人が「この人の想いは
○○だから、これを伝えるのに、一番適切な言葉、表現はどれだろう。」と考え
日本語の中から「これだ。」と思った言葉、表現を選択し、その人が日本語で
話したかのように第三者に伝える、ということになります。
(うまく説明できているでしょうか?分かりにくかったらゴメンナサイ。)

私達も日常、会話やメールなど意思疎通を図る時、無意識にこの作業を
行っているのかもしれませんね。

発信:想い→(言葉選択)→言葉。

受信:相手の想い←(言葉の意味解釈)←相手の言葉        みたいな。

このように、ある想いを受け取る人の持っている(持っている事を普段は忘れてしまっている
場合も含む)言葉、表現という制約の中でメッセージとして加工するので
きっと同じ想いを受け取ったとしても、使う言葉に多少の違いが出るのかもしれません。

私の場合は今「奇蹟のコース」を学んでいて、そこに書かれている言葉が
今一番心に響くのでコースに出てくる言葉や表現を選んでいることが多いように
感じています。
自分では意識してそのように行っているわけではないのですけれど、結果的に
「これは、コースに似たような文章があったような・・・?」と感じることが度々あります。
別の言い方をすれば、まだ自分の言葉で想いを伝えられていないということでも
あると思います。

精進あるのみ・・ですね(^_^;)


目指すは、わかりやすい言葉とわかりやすい表現♪
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by setsuna-tsumugi | 2008-12-20 16:39 | メッセージ

目的地はひとつ

今日は夢のお話を。

見る夢は大抵フルカラーで、音や香り、感触など目が覚めている(と思っているだけで、実は夢の中なのですけれど、その辺りのことは、ひとまずおいておいて)時と同じように感じます。
また日中、突然「もうダメだ!寝るしかない!!」と感じるくらい強い睡魔に襲われ、布団にバタリと倒れこむようにして眠った時に見る夢は、起きた時に思わず「そうでした。はい。以後気をつけます。」や「分かりました。ありがとうございます。」とつぶやいてしまうような、何かのお知らせであるように感じることが多いです。

そんなお知らせの夢です。


男性一人、女性二人(うち一人は私)でスポーツタイプの自転車に乗り目的地に向かって走っています。(実際の私はママチャリに乗るのも危なっかしいくらいの運動神経です・・・。)
道の前にも後ろにも、私達以外には誰もいません。
私はその男性のことをとても信頼しています。
自分は目的地もそこに行く道も分からないけれど、男性についていけば大丈夫だと、安心して後ろを走っています。

しばらく走ると道がいくつかに分かれていました。
男性が自転車から降り、私に「どうする?(どの道を行く?)」と尋ねてきました。
どの道が正しいのか分からない私は「分からないけれど・・・。もしかして(ちょっとした崖になっていて、うまくすれば向こう側に飛び移れそうな感じの)あの道だったりして?」と答えました。
すると男性は「じゃぁこれ。地図は渡したから。向こうで会おうね。」と折りたたんだ一枚の紙を差し出したかと思うと、あっという間にもう一人の女性と共に見えなくなってしまいました。
突然一人になった私は戸惑いつつも、もらった紙を広げてみました。
そこには何も描いてありません。
全くの白紙でした。

ますます困って顔をあげると、さっきまで誰もいなかった道には、たくさんの人がロードレースのようなゼッケンをつけてスポーツタイプの自転車に乗って走っています。
真っ直ぐ行く人、右に曲がった道を行く人、崖を飛び越える人、様々です。
でもみな目指すゴールは同じ。
そして道の分岐点にはTOKIOの国分太一さんが小旗を振りながら「みんな頑張ってねぇ。お疲れ様っす(^^ゞ」と、行き過ぎる人たちにエールを送っていました。


と、ここで目が覚めました。


そう、もうみなさんお察しの通り

自分の行く道は自分で選びなさい。。
誰かの後をついていく必要はないのです。
みな自分の行く道は自分で選べるし、自分で選んでいるのです。
どの道を選んだとしても、いつか必ずみなが目指す目的地に着くのですから。
そして、みなをいつでもどんな時でも応援してくれている存在がいるのですから。


とのお知らせだったように感じました。
お知らせというよりも、戒め・・・かな(-_-;)

でも何故国分さん・・・(?_?)
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by setsuna-tsumugi | 2008-12-16 17:39 |

信頼


辛いと感じる状況にあると、「こんな時だからこそ自分を勇気づけてくれるような
メッセージが欲しい!」と思ってしまいます。
でも、そういう時に限って受け取れないことのほうが多いのも、また事実。
(ちなみに私の場合です。
また「メッセージを受け取る」という表現は、あくまでも私の感覚的なものなので
これも「私の場合」と、注釈つきのほうが良いのかもしれません。)

一昨日、昨日と久しぶりにキツイと感じる体験をしました。
ジタバタした後、なんとか少し前に進めたかな?と感じた時に受け取ったのが


わたしの声が聴こえない時ほどわたしを信頼して欲しい。

わたしはいつもあなたと共にいる。



目で見たり耳で聞いたりしたもののほうが、本物で確からしい気もするけれど
よくよく考えてみれば、それも疑ってかかればキリがなし。
(「目の錯覚」、「空耳」という言葉がありますものね。)

何よりも、いつでもどんな時でも信頼し、安心して物事に取り組むことができたら
もう怖いモンなし!ですね。

・・・。
私にとっては大きなチャレンジです(-_-;)

PS:羽根さんのブログにあった映像(アステカの人)からは
   「強くなりなさい。」と言われているように感じました。
   羽根さん、ありがとうございます<(_ _)>
   
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by setsuna-tsumugi | 2008-12-12 15:37 | メッセージ

創造

あなたは愛を創造するように創られた。

だからあなたの創るものは愛以外にありえない。

そしてあなたの目の前にいる兄弟もまた愛を創造するように創られた。

だからあなたの目の前にいる兄弟の創るものは愛以外にありえない。




例えばそれが怒り、悲しみ、苦しみ、憎しみのようにしか見えなかったり
感じられなかったりしたとしても、その中には必ず「愛」が隠れているように感じます。

見つけにくいと思うことがあるかもしれないけれど、時には
「そんなものあるわけない!あったとしても見つけたくなんかない!!」
と思うことがあったとしても
いつかはその中にも見つけられるような、そんな気がしています。

なんだか宝探しをしているようですね♪
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by setsuna-tsumugi | 2008-12-10 09:19 | メッセージ

意図した途端に・・・お試し?

少し前に読んだ「引き寄せの法則」の関連本によると、「何かを得たいなら、まず明確に意図すること。」だったような。(ウロ覚えなので、もし違っていたらごめんなさい。)
だから・・・というワケでもないのでしょうけれど、「言葉(文章)で表現してみよう」と意図してから、大小さまざまな機会が訪れました。

極めつけは来月早々までに6000字(原稿用紙15枚分)のエッセイもどきを書くこと。
これは現在受講しているあるクラスの課題です。
来月の最終回に提出することになっているのですけれど、それを知らされたのがつい先日。
「先生!もっと早くから言って下されば、それなりの心積もりとか、下準備とかしてたのにぃ・・・。」
と心の中でつぶやいてみても後の祭り。
えぇ、せっかくの機会なので、喜んで(汗)

ふと「これはお試しかしら・・・?」なんて考えがよぎりました。
すると即座にやってきたメッセージが


試されていると思うのは、自分で自分を試しているだけ。

神は御子を試したりなどしない。



そうでした。
そうですよね。
そうですとも。
いいとも!(違)
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by setsuna-tsumugi | 2008-12-05 13:36 | メッセージ

「まき」でいきます

おはようございます。
気がつけばもう12月。
ここ十数年(!?)毎年この時期になると思うことですけれど、本当に月日の経つのは早いものですね。
のんびりゆっくり2006年頃の回想から書いていこうかと思っていたこのブログ、今のペースだと今年中には現在までたどり着きそうもないので、予定変更。

「現在のこと+時々回想」でいこうと思います。
そして、これまた時々「ふっと浮かんだメッセージ」を。

ということで
今朝はこのメッセージを。

振り上げた拳をおろし、そっと指を開いて
その中に何があるのかを見て欲しい。
そこには何もないことに気づくだろう。
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by setsuna-tsumugi | 2008-12-02 08:18 | ご挨拶